昔上司のパワハラに対抗してたらある日突然上司が消えた

まだ若い頃、大手の事業会社で働いていたころ上司のパワハラを受けていた。

上司は男性、わたしは女性。セクハラではなくパワハラを受けていた。

パワハラを受ける理由は何だっただろう。大学を卒業してまだ2年程度のボケーっとした無能なガキだったことも気に食わなかったのだろう。

本社の研修に行った際にアホな発言をして上司の上司を驚かせてしまった(上司の上司は何故かアホ発言を気に入ってくれてお咎めはなかったのは幸い)社会経験もまだ知識もなかったわたしがチームに入って皆んなの時間を奪って教えを請うていたのもきっと気に食わなかっただろう、即戦力が欲しかったとボヤいていた。それに関しては配属した人事を憎んでほしい。上司が大層気に入っていた女性従業員となんとなくソリがあわず仲も良くなかったこと・・・他にも色々思い返してみれば理由は沢山あったが、わたしはささやかなパワハラを受けていた。

 

上司のパワハラというのは、最初は無視やわたしにだけ声を荒げて話すとかそういった類だったのだが、さすがに業務に支障をきたす場面もあった。ほかの仕事仲間に話しかける頻度を100とするとわたしには0だった。仕事のことに関してもだ。

これはただの指導の範疇と思うが、わたしの今日1日のスケジュールを部署全員の前で毎朝夕読み上げさせた。これも見せしめのようで本当に惨めで屈辱的だった。

何が気に食わなかったのか、部署会議にわたし以外の全員を参加させ、わたしだけを会議に参加させない嫌がらせを受けたこともあった。

そういった感じで仕事の説明を受けていないのに、仕事、やり方、理解度に対してに文句を付けられることに辟易してきたわたしは次第に上司を憎たらしいと思うようになった。

しかし上司という仕事仲間と啀み合うのは得策とは言えず、大した反抗もしなかったわたしと上司の間には軋轢だけがうまれた。転勤する仕事仲間にプレゼントを渡そうとしたら「○○さん(わたし)からは渡さないで、他の人から渡してもらって!」と咎められた日(知らねえよ、誰が渡しても中身は一緒だろ・・・。)はさすがにトイレで声を殺して泣いた。今まで受けた無視や仲間はずれ(?)の思い出も一緒に蘇り、クソ野郎デスノート持ってたら真っ先に名前を書いてやると思った。目を腫らして戻ってきた部下を見てこいつは何も思わないのか、良心の呵責はないのかと思ったことは今でも思い出せる。

実はわたしは感覚がマヒしており、この程度のパワハラではパワハラというのは甘いかもしれない、パワハラと思いたく無い、パワハラを受けている自分は惨めで恥ずかしいとしばらく思っていた。実は前職では恫喝は日常茶飯事で挨拶同然、何かあればお前の親の職場を脅かすぞと言われたり、私生活への干渉や服装(しかも私服・・・謎)への口出し、家を知っているからいつでもお前の様子を見に行ってやると言われたり、同期に至っては顔面に向けて花瓶を投げられる(これは事件ですね)など様々なことがあったので、多少の無視や職場からハブるというそよ風のようなパワハラをしばらくパワハラと認識していなかった(したくなかった)がさすがに長い時間受け続けると堪えるものがあった。

 

そこで上司との関係改善のために何ができるか、せめて仲良くとは言わないが仕事に支障をきたさないようになりたいと考えた。奴は上司であるというパワーを持って嫌がらせに躍起になるクソで汚れた大人なので、多分向こうが改心することはないだろうと考えたわたしはとにかく上司と接する自分を変えようとおもった。まずは話し方の改善のため、仕事終わりに本屋に寄り、有名な話し方やビジネス書を買いあさり、一人前のビジネスマンとしてどう上司に振舞ってやるべきか研究した。

当たり前のこととは思うが、結論から話すこと、話す内容は簡潔に順序立てて話すこと、この辺からとりあえず地道に改めて叩き直した。仕事をするより上司を屈服させてやることにバランスが傾いたわたしは、新卒もどきのボケ女からなんとかきちんとしたビジネスマンに自分を軌道修正することに躍起になった。(道筋は歪んでいる)そして入社したばかりの頃、0だったが故にバカにされたパソコンスキルもひたすらに磨いた。エクセルに一生懸命手打ちで1、2、3・・・とアホヅラで列に数字を手入力していた原始人のようなわたしはいつの間にか簡単なマクロを組むまでになった。ショートカットでパソコンを操作しまくるちょっとキーボードの操作音が小煩い女になった。絶対クソ上司より何かで優ってやると意地になった原動力は自分を良い方向に導いた。歪みすぎている。

「あさになったらかいしゃにいって〜〜しばらくしごとして〜〜6じになったらかえってテレビみて〜〜〜ねむくなったらねむればいいや〜〜〜〜」と1日をやり過ごしていたわたしは帰宅後はビジネス書を読み漁りまくり「一般社員でも経営者目線で仕事をするべきだよね?」みたいな発想のちょっと意識高い系のビジネスマンになった。気分はCEO。

それでもイライラするので、上司に対して精神的高みから接してやろうと思いかの有名な「アドラー心理学」にも手を出した。(ありがち)ついでに礼儀も叩き込んでやろうと思いマナー本も読み漁りめちゃくちゃ綺麗な敬語と冠婚葬祭の正しいマナーも手に入れいつ上司が何時どんな角度で雑務を押し付けてきても涼しい顔で対応してやれる存在になった。

わずかながらもパワーアップしたわたしは、わたしの中では上司に対して「精神的優位」を取っていた。

しばらくは上司も何だこいつみたいな顔をしていたが、さすがに上司も軽い部下いじめに飽きたのか、もしくは少しの成長を感じたのか僅かながらもフラットに接してくるようになった。

内心お互いぶん殴ってやりたいなと思っていただろうが、先輩からみても少しずつわたしと上司の関係は改善されていたように見えたという評価ももらった・・・が、そんな時上司の上司生活に陰りが見えてきた。なんと「上司は直属の部下のKさんと不倫関係にある」という噂が流れ始めた。

このKさんという女性は、なんとなくわたしとはソリがあわずあまり話すことのない女性の先輩だったのだが確かに上司と仲良くしていた女性従業員だった。

が、眉唾物な話で自分の目で見たわけでも、確証があったわけでもないし何より想像すると気持ちが悪いのでこの話を信じるのは耐え難いものだった。にも関わらず同じ部署の先輩も「上司とKさんが夜2人で歩いていたところを見たよ」と話す目撃証言まで出てくるようになった。皆んなの話題も「上司とKさんの不倫関係」でしばらく持ちきりで、人の口に戸は立てられないもので噂は流れに流れ、暗黙の了解、周知の事実となりある日突然人事の一番偉い人が本社からやってきた。ヒアリングをするとのことだった。Kさんは不倫の疑惑以外にも勤怠のごまかしや経費の横領の事実があり、告発を受けた本社が乗り込んできたのだった。

「上司とKさんの関係について何か知っていることは?」と聞かれたが確証がない為あまり強くは言えないが、部署がその話題で持ちきりで上司の求心力が損なわれていることを話した。ささやかに受けていたパワハラについて話したかったが、それは二の次三の次のようだった。

 

ヒアリングが終わって、会議室に集められるとKさんは泣いていた。知らんがな。横領した経費はせめて返せ・・・入社したばかりのわたしに「出張の際は会社のことを考えて自由席で移動しようね」と教えてくれていた会社のことを考えるかっこいいKさんはもうどこにもいなかった。

「不倫の事実は本人同士に確認したが無いそうです」という結論で解散したが、全員の胸には釈然としない思いだけが残った。潔く「不倫してました★」と申告してくる人間は早々いないだろう・・・。Kさんはしばらく休職し、気まずい状態で仕事を再開した上司とわたしたち部下一同はいつもの日常に戻りはじめていた。不倫の告発などもありしばらくは下手なことができないと察した上司はわたしに前よりマイルドな当たりになり、このまま上司を屈服させる日も近いなと勝利を確信していたある日、上司が別のグループ会社に行くことを告げられた。わたしは上司を屈服させることなく、上司は物理的に消えてしまうということだった。

本社から上司の後任がやってくるにあたり、最後に面談ということで部署全員が一人ずつ上司と面談する事となった。他の先輩は感謝やお別れを話したのか知らないが、とうとう順番が回ってきて会議室に上司と1対1になったわたしは、この日初めてフラットに至極真っ当に上司と部下として話した。後任の人を○○さん(わたし)はどう思う?・・・そういえば皆は後任の上司は嫌だと話している・・・この先心配なことは?などあと僅かな寿命(?)の上司がぽつぽと語り始めた。どう思う?と聞かれたわたしは「後任の方に変わるのは正直嫌ですね」(後任は後任でなんかイヤだった)と答えると上司は「・・・そうか・・・まぁでも、言うことは聞くように・・・」と言い残して簡単な面談は終わり、最初で最後のわたしと上司のマトモな会話をした。

上司を憎く思っていたし、今でも正直嫌いの部類(関係ないのでどうでもいいが)で、何なら正直言うとKさんの悪事の告発をわたしも手伝って本社の人事を召喚するに至ったが、結局上司を屈服させることはなく、上司の自滅によって上司はある日消えたのだった。

 

しかし、この上司がいなければ絶対に認めさせるぞと一念発起し不撓不屈の精神で一丁前で頭でっかち意識高い系のビジネスマンになることもなければ、話し方を自身で改革することもなく、パソコンスキルやマナーも身につけることなく日々をのらりくらりと過ごすボケっとした会社員として今も生きていたかもしれない。ささやかなパワハラを繰り返した上司は突然消えてしまったが、わたしをささやかに変える要因に彼はなっていた。